真夜中の電話、そして再生する人間のこと。





私が高校生の頃の話。
夜中に電話が鳴った。12時もとっくに過ぎていた。まったく非常識な時間だ。

「もしもし?なぁに?こんな時間に・・・・」

別に理由はなかったが、相手は当時付き合っていた彼氏に違いないと、私は思っ
た。ヤツは時々突飛なことをする、ちょっと壊れた男だったから。

「・・・・・」


返事がない。


「あのさぁ〜〜・・・切るよ。」

「あ・・・待って下さい。」


あれっ!?ヤツじゃない。


「誰?」

「すみません・・・・いたずら電話っていうか。」

「・・・・・・・・・・あのさぁ・・・・・・・・・・(-_-メ)」


聞けば、私のところに電話をかけてきたのは本当に偶然とのこと。私のことなどまったく
知らないらしい。そして彼は ”ひきこもり” 青年だった。高校生だが、高校は休学し
ているらしい。


別に夜中のいたずら電話につきあう筋合いなどまったくないのだが、なんとなく電話を
切りそびれてしまい、彼の話をうんうんと聞いていた。20分ほどもそんなことをしていた
だろうか。


「・・・・あの、また電話してもいいですか?」

「かまわないよ。」


そう言って、電話を切った。
なんでそんな電話を承諾したものか?自分でもよくわからないが、まぁ、成り行きみ
たいなものだ。その青年の声にはふざけた様子などなかったし、その青年が私を、あ
るいは誰かを、痛切に必要としていたことを、私は感じたからかもしれない。


以来、10日か、あるいは2週間に一度くらい、彼から電話がかかってくるようになっ
た。それはいつも真夜中の電話。主に彼が話し、私が聞いた。話の内容は、今とな
ってはほとんど忘れてしまった。
そんなことが、半年以上続いた。


「今、なにか本読んでますか?」

「村上春樹の 『ノルウェーの森』。」


彼が私のことを尋ねてくることは珍しかったが、その日はそんな会話があった。そして
数日後、再び真夜中に電話が鳴った。いつになく声が弾んでいる。


「今夜はずいぶん御機嫌なんだな。」

「僕も読みました、『ノルウェーの森』。本屋に買いに行きました。久々に外に出まし
た。思ったよりずっと簡単だった・・・・」


本屋へ本を買いに行く。私達にとっては当たり前のことだけれど、それは、ひきこもり
青年にとって、大きな一歩だったのかもしれない。彼が抱えているであろう傷の深さを
改めて思う。


それからしばらくは電話がなかった。
そして再び私の安眠が破られたのは、それから2ヶ月ほど経ったある真夜中。


「もしもし?」

「こんばんは。今日が最後の電話です。」

「??」

「僕、学校に復学しました。たぶんあなたのお陰です。ありがとう。」

「私は何もしていない。もしも、君の中で何かが変わったのだとしたら、それは君
の・・・自然治癒力。人は再生するんだよ。何度でも。」

「これから、僕が電話をかけなかったら、それは僕がどうにか上手くやっている証拠で
す。」

「電話がかかってこないことを祈るよ。」

「それと・・・・僕、木村です。木村○○です。」

「・・・・私は、月下。」

「月下さん、ありがとう。」

「木村君も、元気で。」


今日、本棚を片付けていて 『ノルウェーの森』 を見付けた。それでこのことを思い出
したのだ。
あれから何年経っただろう?以来、木村君から電話がかかってきたことは一度もな
い。きっと何処かで、いろんなものを背負い込みながら、それでもきっと上手くやってい
るんだと、思いたい。