懐かしい風景と見慣れない風景の狭間にて。





先日、私が生まれてから小学校2年生の夏まで住んでいた街を訪れた。


珍しく実家に遊びに行った時(月下は滅多に実家へ行かない)、することもなく、ソファでぐにゃぐにゃしていたら(たまに行くと、決まってぐにゃぐにゃする)、月下ママが突然 『行ってみない??』 と言い出したのだ。『うん、いいよ。』 というわけで、愛車を駆って、いざ一路、懐かしき故郷へ!!・・・っていうほどでもないけど。

                                  ヾ(ー ー;) ォィォィ


場所は都内某所。26年前の夏、我が家はこの街から神奈川県Y市に引っ越した。車で2時間ほどの距離だ。たいした距離ではない。しかし、なかなか再訪する機会もないまま、気付けば長い長い歳月が過ぎていた。


この26年という年月の間に、静かだった街はずいぶんと様変わりしていた。まぁ、当たり前と言えば、当たり前だ。
道幅が拡張され、さらに新しい道路が伸び、駅周辺には様々なショップが建ち並んでいる。ご丁寧にスターバックスまであった。
(注 : スターバックスは、月下にとって 【小洒落た街の象徴】である。
                            キャラメルマキアート万歳。)

こんなに賑やかな街ではなかったのに・・・・変われば変わるものだ。


昔住んでいた家にも行ってみた。長い、急な坂道を登りきった高台にある、一軒家の借家。駅からは歩いて20分くらいか。駅前と打って変わって、こちらは、昔とほとんど変わらない。


ただ・・・・小さいのである。何が?何もかもが。何もかもが、すごい小さいのである。
門扉も、昔はもっと大きかったし、花壇はもっと高かった。庭だって今よりもずっと広かった。そして、この家!!こんなに小さかったっけ?まるでリカちゃんハウスじゃないか。


・・・そうですとも。わかっていますとも。
自分が大きくなったんです。はい、その通りです。
家が縮んだわけじゃありません。当たり前です。

わかってはいるけれど、なんだかくすぐったいような、不思議な感覚だ。


それから、昔よく遊んだテリトリーをぐるりと1周。

「あ、ここをまっすぐ抜けていくと、神社の裏に出るんだよ。」
「この道、昔は砂利道でもっと細くて、雨が降るとすごい水溜りができたんだ。」
「ここをずっと行くと左にカーブしてて、国道の歩道橋の近くまで行けるんだよ。」
「あそこの酒屋の裏に籠が下がってて、九官鳥を飼ってたね。」


月下ママを相手にそんなことを話しながら、懐かしい場所を歩き回った。歩いていると、いろんな事を思い出した。思った以上に、いろんな事を憶えていたことに、自分でも驚いてしまう。


・・・・そうなのだ。
狭くて苔生した砂利道、友達が集まる路地、公園とは名ばかりの空き地、大樹の茂る神社の境内・・・・

大人にとっては、さほど意味をもたないであろうそれらの場所が、当時の私にとっては、自分が知り得る小さな世界の全てだったのだ。

そうか。ここが、始まりだったのだ。
ここから、この小さな世界から、私は歩き始めたんだ。
26年という歳月をかけて、私は何処まで辿り着いたんだろう。
そしてこれから、何処まで行くんだろう。


とりとめもなくそんな事を思いながら、懐かしい道を歩くのは、悪くない。
物思いにふける月下の隣で、月下ママはあんみつが食べたいと騒いでいる。
この人は無邪気だ。
この無邪気さは、もはや武器だ。


車に戻ってエンジンをかけると、一気に現実に引き戻された。
ローギヤのまま、ゆるゆると坂道を下っていく。
懐かしい風景と、見慣れない風景が、窓の外をゆっくりと流れていく。

ふと、バックミラーを見た。
するとそこには、坂道を駆け上がっていく女の子の姿があった。
風に翻る短いスカートに、見覚えがある。

『またね。バイバイ。』

緩やかなカーブを抜けて、女の子は見えなくなった。