禁断の恋の扉、そのノブはとても冷たい。





最近の月下は、ある男性から猛烈に愛されている。滅多にないことだから、多いに自慢しておこうと思う。


37歳銀行員。配偶者アリ、子供アリ・・・・という彼は、とても真面目で頭のキレる、なかなかの人物である。外見だって、ムフフな感じだ(なんじゃそりゃ)。


ところがこの男、どういうわけか月下に惚れた。タデ食う虫というのは、本当に生息するのだ。月下の写真を肌身離さず持ち歩き、私と会うたび、電話で話すたび、「僕は月下さんが好きです」 と言う。”言う” というより ”宣言する” という感じだ。いや、もはや ”宣戦布告” に近い気がする。
そして、そのたびに私は 「ありがとう」 と返事をする。特別な意味はない。他に適当な返事が見つからない、というだけのことだ。


「好きです」 「ありがとう」
「好きです」 「ありがとう」

・・・・そんなことが、もう2ヶ月くらい続いている。


最初はからかわれているのだと思った。当たり前だ。こんなことを真に受けて浮き足立つほど、私はおめでたい人間ではない。
しかし、「たぶん、彼は本当に月下のことが好きなんだ」 という知らせは、こともあろうに、つれあいによって私の元に届けられた。


「どうしてそう思う?」

「わかるんだよ、なんとなく。男同士だから。それに、相手が月下だから。」


彼は、外堀から埋めていく、という思いも寄らない手段に出た。
周りの人間に、「僕は月下さんが好きです」 ということを、悪びれもせずアピールする。御丁寧に、うちのつれあいにまでアピールする。Σ(=д=ノ)ノ ひょぇ〜!! そのうち、新聞に折り込み広告でも入れるんじゃないかと心配だ。
とにかく、隠そうという気がないから、妙にみんなに応援されていたりするので始末が悪い。そう言えば、月下の携帯番号を彼に教えたのは、他でもない、うちのつれあいだった。何考えてるんだか。


まぁいいや。それはさておき。


多くの場合、動機としての「好きです」があって、「付き合ってください」 「結婚して下さい」 「ホテルに行きましょう ヾ(ー ー;) ォィォィ」 といった着地点がある。しかし、彼の言う 「好きです」 には着地点がない。動機としての 「好きです」 ではないということだ。


・・・・となると、それは行きつく場所を持たない言葉であり、感情である。にもかかわらず、どうしてこうも躊躇いなく、どうしてこうも真っ直ぐに、彼は 「好きです」 と言うのだろう?その先には、手に入れるべきものなど何もないのに、そうすることに、何の意味があるのだろう?


いや、待てよ。「好きです」と言うことに、はたして意味は必要なんだろうか?


「好きです」

「好きです」

「好きです」


・・・・・よく、わからない。




「彼は、辛いと思う?」 と、つれあいに訊いてみた。

「辛い。辛いし、苦しい。だって、絶対に叶わない恋をしてるんだから。」

「じゃぁ、やめたらいいのにね。」

「一番にそれを望んでるのは、たぶん彼自身だよ。だから、出来るだけそっと諦めさせてあげてね。彼には家庭もあることだし。」

つれあいは穏やかで、どこまでも優しい。




さぁ、この禁断の恋の行方は??
(いやいや、別に何の展開もしないんですけどね・・・っていうか、無闇に展開があっても困るんですけどね、ほんとに。ほとぼりが冷めるのを待つだけです、はい。)