月下の隠れ家。





月下は、大酒飲みではない。特に酒好きというわけでもない。でも時々、仲の良い友達と2人でお酒を飲みに行く。行き先は ”いつものところ”。 


黒いドアの横に、まるで見つけられるのを嫌がっているような、申し訳程度の小さな看板がかかっている。初めてこの店にやってくる人は、まず見つけることができない。 


ドアを押して一歩入ると、薄暗い店内の所々に、スポットライトの灯りが丸い光の円を描いている。カウンターがあるだけで、テーブル席はない。10人も入ったら、満席だ。小さくジャズが流れている。お客はみな、思い思いにくつろいで、カウンターに体を預け、小さな声でおしゃべりしながら、それぞれの時間を過ごしている。 


「いらっしゃいませ・・・あ、月下さん、いらっしゃい。」 

「どーも、こんばんは。寒くなってきたね。」 


バーテンダーは、見たところ年齢不詳。しかし実は、月下と同い年。
いつも、ぱりぱりと音のしそうな、シワひとつない、真っ白なシャツをきっちりと着ている。間違っても腕まくりなんてしない。話は上手いが、決してしゃべりすぎないし、つまらないお世辞も言わない。しかし、お酒に関する知識は驚くほど豊かで、尋ねたことには充分に答えてくれる。 

そして、カウンターの中で、物静かに、手際良く、無駄のない動きでシェイカーを振り、グラスを磨く。 


「いつもので?」 

「うん。」 


ほどなく、カウンターの上には、どこか特別な場所から、たった今切り取ってきたばかりのような、まん丸の、真っ白いコースターが敷かれ、オレンジ色をしたアルコールが、つるりとしたグラスに注がれてそっと置かれる。 


「乾杯」 友達と小さくグラスを重ねる。別に何かを祝うわけではないのだけれど、乾杯。おいしいお酒に乾杯。楽しいおしゃべりに乾杯。 


・・・・・私の隠れ家はそんな店だ。 


私は、この店が気に入っている。だから、あまり人には教えない。 


以前に一度、ある馴染みの店に知り合いを連れて行って、とんでもないコトをしてくれた苦い経験がある。 


その夜、私の連れだった女性は1人のバーテンダーに向かって言った。「ぐたぐたぐたぐたしゃべってないで、バーテンは黙って酒作ってりゃぁいいんだよ!!!」・・・・私の顔から血の気がひいた。同じカウンターにいたお客も振り返ってこっちを見ている。バーテンダーは決してしゃべりすぎてなどいなかったし、いつも通り礼儀正しかった。なのに、彼女がなぜそんな暴言を発したのか?皆目見当もつかない。 


せめて彼女が泥酔でもしていてくれれば、「ごめんね、酔っちゃってるみたいで・・・・」と言い訳のひとつもできたであろうが、残念なことに彼女はまるっきり正気だった。 


そんなことがあって、私は彼女と付き合うのをやめた。なんだか、とてもうんざりしてしまった。顔は美人でスタイルも良く、そのうえ社長婦人である彼女は、決して悪い人ではなかったけど、しかし私はその瞬間、彼女の、人としての品位の低さを見てしまったのだ。 


それ以来、その店からも、なんとなく足が遠のいてしまった。そして、当時その店で働いていた別のバーテンダーの1人が、独立して自分の店を持った。それが、現在私の隠れ家となっている、秘密のBARである。 


さて、このBARは何処にあるんでしょう??それは・・・ナイショ。 





■オマケ■

ある日、スーパーの駐車場で、Tシャツに短パン、ゴム草履という、ものすごいラフな格好をしたあんちゃんに声をかけられた。”若いモンが、昼間っから仕事もしないで、こんなところでぷらぷらして・・・” と、思わず眉をひそめたくなるようなタイプのあんちゃんである。 


「月下さん、こんにちは!!」 

「こ、こんにちは・・・ (-"-;) ?? (この人、誰!?)」 

「僕ですよ、僕!!」 

「・・・・あ〜〜〜!! ( ̄□ ̄;)!」  バーテンダーの彼だった。  


”そんな格好してたら、わかんないっつうの!!”