短編作品 『ノクターン』 〜第1楽章〜





  たとえば、同じ運命を背負った者だけが、
  すべてを分かち合い、すべてを与え合うことが出来るのなら・・・・

  ・・・・僕達は、すべてを奪い合うことも、許されるのだろうか?




黒いコートを着たその男は、はじめて逢った時から、なぜかひどく僕を惹きつけた。


彼は時折、このバーへやってくる。それはいつも夕闇の深くなる頃で、ふらりと現れたかと思うと、カウンターの端の席に座り、ブラッディーマリーを注文する。


そして、グラスを傾けながら、僕がシェイカーを振るのをじっと見ていたり、綺麗に整えられた爪でカウンターをこつこつと叩いたり、小さく溜息をついたり、見たこともない煙草に火を点けたりする。


すらりとした長身に、長い手足。
思慮深さが漂う切れ長の目。
憂いを湛えた口元。
聡明そうな額。
透き通るような肌。
そして、灰色の瞳。


男は、半時ほどカウンターに凭れ掛かっていたかと思うと、やって来た時同様、なんの前触れもなく立ちあがり、肩でドアを押しながら黙って店を出て行く。


男が出ていってしばらくすると、店は忙しい時間になる。
半地下になっているこの店は、ちょっとした隠れ家といった趣で、毎日、たくさんのお客が訪れる。僕は、オーダーされるいくつものカクテルを手際良く作り、カウンター席の客と世間話をし、グラスを磨き、フルーツをカットして白い皿に盛る。


慌しさの中で、僕は、さっきまで彼が座っていたその空白を時折横目で見ながら、そこに、彼の気配のささやかな残滓を求めていた。