短編作品 『ノクターン』 〜第11楽章〜





僕達の生活スペースは二階。吹き抜けの階下を見下ろす長い廊下に沿って、書斎(僕達は、一日のうちのほとんどを、この部屋で過ごす)、ダイニング、キッチン、そして各人の寝室が並んでいる。


そして、屋敷の一階は驚くことにすべてが書庫になっていた。
膨大な量の本が、そこには眠っている。書庫の中は、古い紙と古いインクの匂いが充満していた。


「一生かかっても読みきれないな・・・・」

「いや、これらの本をすべて読みきっても、まだお釣りが来るほどに、私達の命は長いのだ・・・・」


彼は、僕に書庫の案内をしながらそう言った。そして、それぞれの部屋で、何冊かの古ぼけた本を選び取っては、それを脇に抱えて書架の間をゆっくりと歩き回る。


「祈りの言葉、呪文の言葉・・・・その力だけが、私達の持つべきすべてだ。」

そう言いながら、彼はさらに何冊かの本を本棚から引き抜くと、僕に手渡した。

「読んでおいてくれ。」


僕は、書斎に戻ると、暖炉の前で本を広げた。
しかし、それらの本の中に日本語で書かれたものは一冊としてなかった。日本語でないばかりか、それらは英語でも、フランス語でも、イタリア語でも、ギリシャ語でもない、見たこともない言語で綴られていた。右から読むのか、左から読むのか、それすらわからない。


遅れて書庫から戻ってきたルイドが、僕の様子を見て、うっすらと笑っている。


僕は途方に暮れながら、それらの分厚い本のページを、読むでもなく読まぬでもなく、ただぺらぺらと繰っていたが、しばらくすると、そこに書かれていることを理解し始めている自分に気づいた。それは、読んで理解したというよりは、直接、頭の中に入り込んでくる、染み込んでくる、そんな感覚だった。


「ルイド、わかるよ。なぜだろう。」

「それは、おまえが私の後継者だからだ。」

マホガニーのデスクの向こうから、ルイドは、満足そうに頷いて見せた。


こうして僕は、来る日も来る日も、暖炉の前で本を読みつづけた。
そこに書かれているのは、膨大な量の祈りの言葉だった。冥界へ下って行く死者の魂に手向けられる、餞の言葉。鎮魂の言葉。解放の言葉。慰撫の言葉。寿ぎの言葉。・・・・


それは、まぎれもなく死者との対話だった。


僕は、それらの言葉を猛烈な速さで、次々に憶えていった。いや、憶える努力など必要なかったのだ。それはまるで、渇いた砂漠に水を打つように、僕は降り注ぐその一滴一滴を、余すところなくただ受け続ければよかった。
そして次々と僕の中に流れ込むそれらの言葉は、やがてそこに新しい水脈を穿っていった。