短編作品 『ノクターン』 〜第7楽章〜





翌朝、浅い眠りを漂いながら、僕は自分がどこにいるのか、わからずにいた。ベッドの中でまどろみながら、昨夜の記憶を辿ってみる。

”あぁ、そうだ・・・・そうだった。僕は・・・・”

すべてが夢でありますように。ここが、僕のワンルームマンションでありますように。
どんなに散らかっててもいい、どんなにきたなくてもかまわない、どうかどうか、僕の部屋でありますように・・・・


僕は、祈るような思いで、重たい頭を無理矢理枕から引き剥がすと、ベッドの上に起き上がる。そこへ、弾かれたような短いノックとともに、シクラが飛びこんできた。


「おはようございます。眠れましたか?朝食はどうしますか?」


・・・・夢でも幻でもなく、すべては現実だった。


「コーヒーを。」


かすれた声でそれだけ言うと、シクラはこくんと頷き、


「ルイドは書斎にいます。」


と言い残して部屋を出ていった。


ベッドからおりて窓辺に立ち、カーテンを細く開けると薄日が差し込んだ。低く曇った空が、どこまでも続いている。憂鬱な空だ。僕は、深く溜息をついた。


シクラが置いていった白いシャツに袖を通してみる。それはまるで、僕の寸法に合わせて作ったかのように、どこもかしこも、僕にぴったりだった。
部屋にある水道で顔を洗い、ふと鏡を見ると、どこか、いつもの僕とは少し違うような気がしたが、それは気のせいだったかもしれない。


シクラの言った通り、彼は書斎のソファに沈み込んでいた。すらりと長い脚を組み、胸の前で両手の指を絡め、気難しそうに眉を寄せたまま、暖炉の火を見つめている。まるでそこに、何か重要な答えが隠されてでもいるかのように。


「おはようございます。もう、いいんですか?」

「あぁ。昨夜はありがとう。とんだ失態を見せてしまった。」

「そんなことは・・・・」


僕は、彼を抱き上げたときの不思議な軽さを思い出していた。


僕は黙って、もう一脚のソファに腰を下ろした。焚き木のはぜる、ぱちぱちという音だけが、わずかに静寂を乱している。


「あなたは・・・・何者なんですか?」


不意に、彼の視線が正面から僕を捉えた。
それは、強く、鋭い、真っ直ぐな視線だった。そこには、何かしら決意のようなものが漂っている。僕は絡め捕られたように身じろぎもできず、不安に押し潰されそうになりながら、弱々しい視線を、彼に返していた。


「君の名は?」

「僕?僕は・・・・カミヤマ レイジ。」

「・・・・レイジ。レイジというのか。」


彼は大きく息をついて再び暖炉に向き直ると、オレンジ色の炎を見つめたまま、静かに語り始めた。


「私の名はルイド。・・・・」