短編作品 『ノクターン』 〜第6楽章〜
書斎に戻ると、少女が銀のトレーに載せて二人分のティーカップを運んできた。
「どうもありがとう。」
「疲れましたか?」
「そうだね、少しね。」
少女は、六歳か、七歳といったところか。膝丈くらいの黒いワンピースの上に、白いエプロンをかけている。肩にかかる髪は明るい茶色、そして、彼と同じ灰色の瞳をしている。
「シクラ、といったね。」
「はい。」
「シクラ・・・・ここは、いったいどこなんだい?」
「ルイドは何て?」
「彼の名は、ルイドというのか。」
シクラはこくんと頷いた。
「ここへ着くなり、倒れてしまった。」
「そうですね。」
「彼は病気なのか?」
「ううん。ただ、あちら側に出入りすることは、それでなくてもエネルギーが必要なんです。しかも今夜はあなたを連れてきた。だから余計に・・・・」
「あちら側?」
シクラは、ソファにちょこんと腰掛けて、ゆっくりとした動作でカップを口に運ぶ。そして、しばらく迷ってから、言った。
「私の口からは、説明できないんです。」
「どうして?」
少女は黙ったまま俯いてしまった。小さな両手の中で、空っぽになったカップを弄んでいる。僕は言いようのない居心地の悪さを噛み締めていた。
「・・・・でも、安心して。危険なことなど、何もないから。」
危険なこと・・・・
僕は笑いたくなった。この、わけのわからない状況は、ただそれだけで充分に危険だ。得体の知れない場所。得体の知れない人たち。そして閉ざされた帰路。無力な自分。
”危険なことなど、何もないから。”
しかし、この少女の言葉を鵜呑みにする以外、いったい今の僕に何ができるというのか?
「お部屋に御案内します。」
気を取り直したようにそう言って、カップをテーブルに置くと、シクラはソファからぴょんと飛び降りた。
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