2.東洋医学の特徴

西洋医学でいう人体の構造については判りやすい参考書も沢山ありますし、病気になると医師から理科学的検査結果を画像や数値を使っての説明がありますので、何となく理解している部分も多いと思います。一方東洋医学でいう身体の仕組みについては、特別な研究機関を除き客観的な指標を示す事は難しく、自覚症状の好転を通じてご理解を頂いているのが実状です。ですから、なるべく西洋医学の考え方に置き換えて病状や治療方針を説明しておりますが、その考え方において根本的に相違する部分が多いので納得できない事もあろうかと思います。
 そこで、本項では[当院の治療方針]でも触れましたが、臓腑・経絡・衛気栄血についてもう少し詳しく説明すると共に、病因・病床から診断・治療に到るまでのプロセスを簡単に書いて見たいと思います。ここで紹介する理論は、あくまでも私の治療経験の範囲で考えたもので他の先生方とは幾分か異なるかもしれません。

2-1.臓腑説

美味しいお酒を一口飲んだ時に「五臓六腑に染み渡る」と言いますが、五臓とは[肝臓][心臓(心包)][脾臓(ひぞう)][肺臓][腎臓]の事で、六腑は[胆嚢][小腸][胃][大腸][膀胱][三焦]を指します。この中で、心包と三焦という器官は西洋医学には無い臓腑ですのでこれから解説してみましょう。
 東洋医学でいう心臓は血液を全身に運搬するポンプ作用だけではなく、人間の運動から精神作用まで一切の活動を主宰しています。五行の色体表を見ますと心臓は[火]に属しています。人間が活動するための最も重要な原動力は火であり、その総元締めが心臓の役割なのです。このような重要な仕事を心臓だけで行う事は出来ませんから、心臓の作用を他の臓器に伝えている臓器があって、それが心包という心臓を覆う膜です。
 陰陽の関係から見ると心包の表に当たるのが三焦です。三焦というのは独立した臓腑ではなく、生体諸臓腑の総監的機能系としての名称であり名前のみで形がない器官です。三焦は、その機能上から上焦・中焦・下焦の3部に分類されています。上焦は横隔膜上、内臓器を示し呼吸・循環を通じてエネルギー源を全身に回す作用、中焦は横隔膜下、臍(へそ)の部分までをいい消化・吸収と熱の発生およびエネルギーの貯蔵作用、下焦は臍以下の部分で汚物の排泄と生殖作用の基になる生命力を与えるという働きを持っています。
 西洋医学でいえば、この三焦は自律神経や内分泌器官に似ています。ですから全身のバランスを崩したような病気にかかって、医師の診療でもなかなか治らないときに、東洋医学的な鍼灸や漢方薬の考え方を取り入れる事により治ってしまう理論的背景はこのような所にもあります。

肝臓と肺臓につきましては西洋医学の考え方に近いので説明を省略させて頂くとして、脾臓と腎臓の概念につきましては東洋医学独特の物がありますので紹介します。
 脾臓は、胃の上に被さって熱によって揉み砕いて五味(酸苦甘辛鹹)を抜き取っています。そのエネルギー源は、呼吸によって動く腹部の力と、手足を動かす時に発生する熱であるとされています。手足を十分に動かさないで美味しい物を食べ過ぎると糖尿病になる可能性が高い事はご承知と思いますが、この事から考えて脾臓は現在の膵臓(すいぞう)に近い臓器ではないかと思われます。
 腎臓のお話を進める前に、五行の色体表の中の[水]の項目を縦に見て頂きたいと思います。腎臓は水の臓器ですから尿の生成と全く関係が無い訳ではありませんが、それよりも人間の生殖作用に対して重要な役割を果たし、産まれてから死ぬまでの成長から老化に至る全てに深く関与しています。生殖作用につきましてはに書きますが、ここでは成長過程での腎臓の関わりについて説明しましょう。腎臓は骨を司り、骨の中は髄海と呼ばれ、この髄が集まった物が脳です。ですから年をとって腎臓が弱ると物忘れが激しくなります。この他に骨の余りである歯が抜けたり、髪の毛が薄くなったり、耳が聞こえにくくなるというような形に現れます。
 以上は水に関する例ですが、他の[木火土金]につきましても同じような縦読みをしてみますと色々なことを発見します。
 それでは小便や大便が、どのように作られ管理されているのか説明しましょう。胃の腑まで届いた飲食物は脾臓の働きによって最も濃厚な五味を抜き取り、残りが小腸に下がって水と固形物に分けられます。その水の中でも、いらない濁った物は小腸から膀胱の上口に注がれ、清い水は津液となって全身を巡り五液(涙汗涎涕唾)などの基になります。尿と津液を抜き取られた物は、大腸に下り腎臓の熱エネルギーによって更に蒸されて清い物を抜き取り、その残りが大便として肛門から排泄されます。一方、膀胱に注がれた水は腎臓の熱によってコントロールされ尿として排泄されます。

西洋医学の腎臓の仕組みを熟知されている方には納得のいかない考え方かと思いますが、面白い体験談がありますのでご紹介します。
 私自身の経験ですが、医療に従事する者として不謹慎で恥ずかしい事ながら、宴席でお酒を飲み過ぎ二日酔いになってしまいました。その時の症状は、頭痛、嘔気(嘔吐)、下痢、口渇などでした。喉が渇くので水を飲むと直ぐに吐いてしまいます。これは[水毒証]といって、小腸による水の処理能力を大幅に超える水分を取った時に出てくる症状群です。そこで臍の上1センチ位の所にある[水分]というツボにお灸を据えたところ、爽快な排尿と共にこれらの症状群が無くなりました。
 西洋医学の立場から観ると非常におかしな考え方であっても、東洋医学は「苦痛を緩和し病気を治す」という理念に基づき発展した経験医術ですので、古代の文献にある物は素直に受け入れてまずは取り組んでみる。そして問題があれば随時改善する、という姿勢で臨床研究を進めて行きたいと私は考えております。

2-2.衛気栄血について

東洋医学による鍼灸術は、気血のアンバランスを整える事によって病を治しておりますので、この[気血]の概念について簡単に触れておきたいと思います。
 [血]というのは、いわゆる血液と同じような物で全身に栄養を送り込んでいる液体です。[気]というのは、心の動きを表す現象である事が多く、第三者が軽率に評価できる事柄ではありません。そこで、当院の行っている東洋医学による鍼灸術のご理解を頂くために、必要最小限の知識として[気]について説明します。
 日常生活の中では[気]という字を空気・天気・気配・電気等のように、形が無くて作用だけが有る事柄に用いています。人の性格を表現する熟語としては、陰気・陽気・気さく・短気等があります。これはそれぞれが持ち合わせている個性であって、一定の限度を超えない限りさほど問題にはならず、むしろ人生の面白さに繋がる物として受けとめるべきかと思います。ところが[気分が悪い]とか[無気力]などという状態が長期間続く時は、[病気になる前の警告反応]である事も考えなければなりません。[気分を入れ替える]とか[気合いを入れる]とか[環境を変える]などによって不快感から脱皮できる事もあります。もちろん病気が見つかれば積極的な治療が必要ですし、病名がはっきりしない時には鍼灸治療を受けてみるのも一つの手段かと思います。そして[気を失う]というような事にならないように、また、そのような状態になった時に的確な手当が出来るよう、広い意味での医療担当者は日々努力している訳です。

さて、この血と気が体内でどのように作られ、どのように管理されているか産まれてから死ぬまでの間、どのように関わっているかについて東洋医学の視点から解説してみましょう。
 人は産まれる時に父母(先祖)から、陽中の陽臓である心臓と、陰中の陰臓である腎臓に先天的要素(現在でいう遺伝子のようなもの)を受け継ぎ腎臓に蓄えておきます。これを[先天の元気]といいます。これに対して、口から胃袋に入った飲食物は脾臓の作用によって五味を抜き取り栄血の基になり、小腸で水分を処理した残りは大腸に行き腎臓の熱によって衛気の基になります。このようにして作られたエネルギー源を[先天の元気]に対して[後天の元気]と言います。
 この[先天の元気]と[後天の元気]が混ざりあって衛気栄血ができあがる訳ですが、この段階において心臓と腎臓の間での[清陽登り濁陰下り]という陰陽の交流、肺臓による[天空の清気を吸収し体内で生じた濁気を吐き出す]、肝臓による[血の貯蔵とその管理]等のメカニズムがありますが、お話が複雑になりますので省略させていただきます。こうして出来上がった衛気栄血は肺臓と心臓の力で全身に送られますが、栄血は脈中を行き栄養を司り、衛気は脈外にあって防御作用を受け持っていますが、両者は互いに協調しあって身体五臓六腑を滋養しています。そして、五臓六腑から出来た最も清い物が腎臓に返され先天の元気の補充をしています。ですから、臓腑の機能が停止し清い物を返せなくなって先天の元気が尽きてしまった時が死であって、これを[命絶]といいます。
 このようにして作られた衛気栄血は、次に紹介する全身の経絡を巡って栄養と防御作用を行っていますが、現在の免疫機構に似ているように思います。

2-3.経絡と経穴について

[2-1.臓腑説]の項目で紹介したように、五臓六腑に心包という臓器が加わって12の代表臓腑がありますが、それぞれに関連する12の経脈が手足末端まで縦に支配しています。その一部を紹介しますと、肺の経脈は臍とみぞおちの真ん中から起こり、下って大腸をまとい反転上向して横隔膜を貫いて肺に所属し、さらに上向して気管を巡り、左右に分かれて腋の下から上腕・前腕の前面を下って拇指端(ぼしたん=おやゆび)で終わります。途中、手首から枝脈出て人差し指の先端で大腸経に交わります。大腸経は、人差し指端から前腕・上腕の外側を上向して肩から鎖骨上部で体内に入り肺をまとい大腸に所属します。鎖骨上部から枝脈が出て首から頬・下歯を通って鼻の下で左右が交差し、鼻の脇で終わります。ここから胃経に繋がって下降し、脾胃等を巡り足先まで(以下省略)の臓腑と、手足の連絡路になっています。
 この他に横の連絡路として15絡脈、経脈・絡脈から溢れ出た衛気栄血を処理する奇経等の路線があり、これらを総称して経絡と呼び、それぞれが密接な連絡を取り合っています。この経絡を[2-2.衛気栄血について]で紹介した衛気栄血が流れ、全身の栄養や外邪からの防御、機能的アンバランス時の調整等の役割を果たしています。
 病気になりますと経絡を流れる衛気栄血の乱れを生じますので、経絡上に配置されているツボを使ってその乱れを整えるのが鍼灸治療なのです。

具体例をあげますと、下痢や便秘・喉や歯肉の痛み・腫に対して、手の親指と人差し指の間にある[合谷(ごうこく)]という有名なツボに鍼やお灸の刺激をしますとその症状が楽になります。それは合谷に対する刺激が大腸経の乱れを整える作用を持っているからです。
 これは単純な例で、経絡とツボの関係はもっと複雑に出来ております。全国の交通網を経絡にたとえるとツボは駅のような存在です。同じ駅でも大都会のターミナル駅にたくさんの交通網が集中するのと同じように、たくさんの経絡が交会しているツボがあったり、住宅密集地にあって路線の交わりは少ないものの乗降客が多い駅があるように、単純な経絡の流れでありながら使用頻度の高いツボなど色々な性質を持っています。交通機関を題材にした推理小説で、人の移動と事件の関係を追求しているように、病気とツボの反応との関わりを見つけだし、合理的な治療が出来るよう努力しています。

2-4.病気の原因について

西洋医学においては感染源となっている細菌やウイルスの存在を見つけ、その性質を調べる等の検査によって病気の原因を明らかにし、その治療法はもちろんのこと再発予防に役立てています。東洋医学でも病気の原因に基づく治療と予防の考え方は確立していますが、二千年以上前には顕微鏡やレントゲンのようなすばらしい機材はありませんから、その捉え方は大幅に異なっています。病院での検査でも判らない病気の原因を見つける時、何らかの参考になる事柄があればと思い、ここにその概略を紹介しておきます。

人は先祖から受け継いだ先天的要素に対して、後天的諸条件が加わって体質が出来上がります。この体質に以下に紹介する3つの悪条件がその許容幅を超えたときに病気になります。 

外因
稲作や露地物野菜を栽培している農家の方はご存じの事ですが、植物には[春成夏長秋収冬蔵]というリズムがあり、動物もこの影響を受けていますから全ての生き物は四季の季候に順応している訳です。それぞれの季節にふさわしい温度や湿度であれば全ての生き物は健やかな成長を遂げますが、天候が不順になるとそのリズムが狂ってしまいます。
 人間の健康状態や病気の原因を考える時も同じ事が言えます。それぞれの季節に相応した季候であれば、むしろ人間を健康な方向に導くが、季節外れの天候になると病気にかかりやすくなります。
 例えば、春は温暖な風が吹いているはずなのに、冬に逆戻りしたような寒さが襲ったり夏を先取りするような暑さになれば体調を崩します。夏は適当な暑さ、冬は適当な寒さであるべきものを極端な暑さや寒さになれば病人が増えます。
 このように季節の変調によって身体を侵す条件を外因(外邪)と言いますが、この外因には[風・暑・湿・燥・寒・火]の六つの要素があります。これらは、単独で進入する事よりも複数の外邪が同時に(風寒、寒湿、風寒湿)襲います。現在では室内の温度や湿度を簡単に調節する事が出来ますので、外因が身体を侵す事は少なくなっていると思います。しかし、冷暖房に頼り過ぎますと思いがけない病気(夏の冷房病等)にかかりますので十分な注意が必要です。
 体力の衰えている高齢者は極端な暑さや寒さを避けなければなりませんが、育ち盛り・働き盛りの若者は適度な寒さや暑さに耐えられるような体力をつけておく必要があると思います。
内因
対人・対物から受ける精神的刺激が過剰になると五臓を破ります。これを内因と言います。現在で言うストレスの事で、怒りを過ごせば肝を破り、喜びを過ごせば心を破り、憂思を過ごせば脾を破り、悲しみを過ごせば肺を破り、恐れ驚きを過ごせば腎を破るとされています。この内因によって五臓が衰えていれば前述の外因が進入しやすくなります。
 具体例を紹介しますと、悲しみによって肺が衰えるとその司りである皮毛(特に頚肩)の防衛能力が低下し、そこから風寒の外邪が進入し、いわゆる風邪症状になります。現代病理学では、体力が衰えている時に上気道をウイルスが侵した時に現れる症状群を風邪と言っています。十分な休養を取ると共に、感染源となっているウイルスを抗生物質によって攻撃して治る場合は、そのまま医師にかかって頂く方がよろしいと思いますが、しつこい風邪が抜けきれないでいる時には、鍼灸治療によって肺の力を高め頚肩(けいけん)から入った風寒の邪を追い出すという治療法がある事を思い出して下さい。
不内外因
外因にも内因にも属さない病気の原因で、たとえば暴飲・暴食、労倦(ろうけん)、打撲・創傷・虫獣傷害等です。
 「バランスのとれた食事を腹八分目に」と言われますが、現在の栄養学やカロリー計算の他に、東洋医学でいう均衡のとれた食生活というのも記憶しておきますと何かの役に立つと思います。外因の所でも説明しましたが、自然の環境に順応した生活は健康にとって非常に重要な事で、食生活においても同じです。現在では季節外れの食品が簡単に入手できますから、欲するがままに何でも食べられます。しかしこれがかえって健康の阻害因子になりうる事があるのです。野菜や果物はもちろんの事、魚貝類も含めて季節に応じた新鮮な物を食べるように心がけましょう。さらに、五味・五色のバランスがとれている事も大切です。五味とは[酸苦甘辛鹹]の事で、これらの食味が調和のとれた物であれば美味しいし、健康にも良いという事になります。五色とは原色の[青赤黄白黒]です。この五色の食物をバランス良く食べる事も大切です。「緑黄色野菜を食べましょう」と言うのは、このような意味あいもあるのです。
 労倦というのは働きすぎの事で、これには過剰な性生活も含まれます。休養も取らずに人並み以上の仕事が出来る事を健康な状態と思いこんでいる人がいますが、そうではありません。例えば電気を使い過ぎたり漏電があるとブレーカーが作動して安全を確保してくれますが、身体の安全装置は疼痛(とうつう)や倦怠感等の自覚症状です。[疲れ知らず]という人は、この安全装置が故障している事も考えられます。このような人は病院の人間ドックを含め、定期的な健康診断を受けると共に、疲労感等を感じなくても適度の休養を取る事をお勧めします。「肩こりなんか全く経験した事が無い」と言う方の頚肩を触診して観ると、ひどいこりを発見することがあり、これを取り除くと気分爽快となり作業能力も向上したという報告を受けることがあります。医療機関というのは、病気を治すだけではなく健康維持の為にも活用すべき所なのです。
 このほかの不内外因は不慮の事故等によって起こる物で、打撲・捻挫の一部は鍼灸治療で治せますが、傷の手当や虫・獣に噛まれた毒素に対する処置は専門医の診療分野です。

以上のような病気の原因は、体質によって受けとめ方や病状の現れ方が異なります。
 例えば体力のある人が風寒の外邪に侵されてもその外邪を一気に排除する力がありますから、高熱・頭痛・目眩等の症状が激しく現れますが短期間で治るのが普通です。軟弱な体質の人が同じ風寒の外邪に侵されますと、その外邪を排除する力が弱いので微熱が長期間続き、いつ治ったか解らないような回復のしかたです。前者の体力がある人に対する激しい症状を[実証体質・実証症状]といい、後者の軟弱な体質に対する緩やかな症状を[虚証体質・虚証症状]といいます。東洋医学的な鍼灸治療ではこの体質に合わせた治療方針を立てますが、薬局で漢方薬を求める時も自分の体質を薬剤師の先生にお話ししますと、より早く適切なお薬を選んで頂けると思います。つまり自分の体力と今までかかった病気とその経過、今患っている病気の経過等を振り返ってみて虚証体質か実証体質か、それとも虚実中間型なのかを検討しておいて下さい。
 このほかに、[肝心脾肺腎]の五臓に応じた体質等がありますが五行の色体表の[五臓]を参考に、それぞれの体質に合わせた健康管理をして下さい。

2-5.診断と治療

東洋医学的鍼灸では、患者さんの訴える症状を全身の健康状態との関わりで診察と治療をします。たとえば「腰痛を治して欲しい」という事で来院された患者さんの腰だけを診療していると、なかなか治らなかったり、治ったように見えても再発を繰り返す事がありますので、煩わしいかもしれませんが全身の健康状態をお聞きしている訳です。これまでにも説明してきたように、陰陽・五行理論という法則に基づき、臓腑・経絡の作用と病理的変化の中で病気の原因を見つけている訳です。これらの診察結果を最終的に決定するのが脈診、腹診、候背診です。
 お腹や背中を診察する事によって全身の状態が判るというのは何となく理解できると思いますが、手首の僅か3センチ程度の場所に施術者の指を当てるだけで全身の健康状態が判る、というのは現代の常識では理解しにくいかと思いますので説明しておきましょう。

患者さんの左右手首に打っている脈動部に施術者の左右各々3本の指を当て、6ヵ所の脈を診ているわけですが、これは脈拍数だけを数えているのではありません。6ヵ所それぞれに1臓・1腑が配置されており、合計12の臓腑・経絡の変化を観ています。そして鍼を刺す度にそれぞれ目標とする脈動部に変化が現れますので、治療の適否が確認出来るのです。ですから患者さんの忘れていたような症状を脈心によって指摘する事もあるのです。このような事が続くと、病状やその経過を話さなくても分かってもらえるのではないかと誤解している方もあり、「全ておまかせします」とか「何処が悪いか当てて下さい」等と言われる事もありますが、それも困ります。確かに脈診等の診察である程度の事は分かるのですが、患者さんの生活環境や職場環境などは分かりませんので、確実な診察とは言えません。出来るだけ早く悪いところを見つけ出来るだけ早く治すためにも、正直に感じているまま考えているままをお話下さい。

以上のような段階を経て東洋医学的鍼灸術の診察が行われるのですが、実際の鍼灸診療では西洋医学の考え方も導入して、患者さんにとって一番最適と思われる診察と治療の方法を検討します。専門医の診療を受けても期待する治療効果がなかった患者さんがたくさん来院される訳でありますが、その時でも鍼灸治療を継続しながらもお医者さんとの縁を切らないようにすべきかと思います。たくさんの自覚症状があって何科のお医者さんにかかるべきか迷った時にも当院をご利用下さい。鍼灸で効果の期待できる症状と、専門医の受診をお勧めすべき症状を判別しております。少数例ではありますが、鍼灸治療を行う前に専門医の受診をお願いする事もあります。
 診察ばかりではなく、治療術においても西洋医学的考え方を導入する事があります。二千年以上前に作られた東洋医学的鍼灸の基礎理論は、時代や風土に合わせて色々と改良されつつ現在に至っている訳でありますが、患者さんの訴える複雑な症状や病院での検査結果に対し、むしろ西洋医学的考え方で鍼灸術を施した方が良い事もあります。当院では東洋医学の優秀なところを最大限いかすと共に、西洋医学の研究で判った事柄の中で参考になる学術は積極的に採用しております。診療技術者というのは医学の法則に合わせて身体を見るのではなく、種々の所見に合わせて医学理論を採用するという心がけで取り組むべきと思います。そのためにも多くの有効な情報を集めるよう努力しております。
 それぞれの症状や病気に対する鍼灸治療の考え方、日頃の養生につきましては[性別・世代別患者数と鍼灸の治療評価]で説明しますが、ギックリ腰や寝違え等のように急性の激しい症状に対しては出来るだけ毎日通院して頂き、なるべく早く治すような方針で望んでおります。神経痛やリウマチのような慢性症状に対しては週1〜2回程度で通院して頂きますが、その時に当院で指導しているリハビリや自宅でお灸を実行して頂きますと、より早く、より確実な治療効果があがります。
 鍼灸治療を経験した事がない方にとっては、鍼を刺す時の痛さ、灸を焼く時の熱さに対する不安があるかと思いますので少し解説します。

まず鍼治療ですが、敏感な方や体力の低下している方に対しては、[てい鍼(ていしん)]という金属でツボを圧迫しておりますので殆ど痛みは感じないはずです。6歳未満のお子さんにはこの[てい鍼]による処置が中心で、これで十分な治療効果が上がっていますし、大人であっても鍼に対する恐怖感や敏感な体質の方は、最初から鍼を刺さずに[てい鍼]による治療から始めます。ちなみに当院での集計では4.5%の患者さんがこの方法で処置しています。6歳以上の方で過敏体質でもなく、一定の体力がある人には鍼を刺すわけでありますが、鍼の太さは髪の毛と同じぐらいで、刺入の深さは通常2ミリ程度です。慣れない人は蚊に刺された時のような痛みを感じる事がありますが、慣れてきますと心地よい響きと共に治療後の壮快感を確認できますし、全く感じなくても治療効果は上がっています。病巣が深く、病状が頑固な場合は4.5センチ程度まで刺入する強い刺激を与える事もありますが、それも患者さんの理解と同意を頂いた上で行いますから納得のいかない時は拒否して下さい。

お灸の治療も患者さんの体質や体力に合わせて行います。今まで全くお灸の経験のない方や皮膚に灸痕を残したくない方、過敏体質や体力の低下している方に対しては、皮膚に灸痕を残さない方法で施灸します。
 当院では[知熱灸(ちねつきゅう)]といって、小さな梅干しぐらいのモグサに点火し、暑さを感じた所でモグサを取り除く方法を採用しております。また前述の鍼治療を組み合わせた[灸頭鍼(きゅうとうしん)]といって、刺入した鍼の頭でお灸をしますが、こちらも非常に気持ちが良く治療効果も上がっています。当院での過去の治療経験や患者さん自身の体験から、皮膚上で直接点火するお灸の方が確率の高い治療効果が予測出来る場合、体質や体力等を見た上で、米粒の半分程度のモグサを直接に焼く事があります。この場合は皮膚上に灸痕が残りますので、事前に十分な説明と同意を頂いた上で行いますので気が進まない時はその旨をはっきりと申し出て下さい。この他にも色々なモグサを用意し、患者さんの病状やご希望等に添えるよう準備しております。
 灸治療の良い点は、覚えてしまえば家族に焼いて貰ったり、場所によっては自分で焼く事が出来るという事です。なかなか治らない慢性病、仕事の関係や遠距離のために頻繁に通院できない方に対して自宅での施灸法を指導しております。その時に「お灸はいつ焼けば良いのですか」という質問を受けますが、特別な指示がない限り起床時か入浴後に焼いて下さい。


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