趣味の木彫入門 ①

第一部 道具と材料の準備  

第一章 道具づくりと管理


◇最低限必要な道具◇

道具は作業に応じて増やしていけばよいと思います。はじめての方は、板彫りを想定した場合、最低限次の道具が必要です。
・刀(切り出し右・左、平刀、丸刀 サイズはすべて3分(9mm))で計4本(他に刃の幅の狭い、比較的安価な彫刻刀などを準備)
・砥石(荒砥、中砥、仕上砥 すべて人工砥石で計3丁

【最低限必要な刀・砥石】

【鑿・木槌】

丸彫りや大きな材料を彫りたい場合はこれに鑿(平鑿、丸鑿 サイズは各6分(18mm))と木槌(頭の重さ300~400g程度)、鋸があったほうがよいでしょう。入手先は刃物の専門店か、ホームセンターなどで画材コーナーがある店であれば置いているようです。値段は地域によって様々かと思いますが、私の地元のホームセンターでは、砥石は1000~3000円、刀は2000~2500円程度です(もちろん専門店に行けば更に高いものもあります)、鋸は替え刃式の横引きのもの。道具は良いものに越したことはありませんが、一般に市販されている刃物は十分普通に使えますし、刃物は研ぎながら使うもので、使い手の扱いによって生きも死にもします。まずは入手が容易な道具で、扱い、手入れに慣れることが肝心です。(価格は2000年6月現在)

【鑿のかたち・主な部位】
刃 1. 刃金(鋼鉄部分) 2. 地金(軟鉄部分) 3. 柄 4. かつら
鑿、刀の刃は鋼鉄と軟鉄とをあわせた構造になっています。また刃に表と裏があります。ちなみに西洋の鑿は鋼だけでできていますし、鑿と刀を兼用したものが普通で、日本の刃物よりずっと合理的な道具という印象があります。日本の刃物の構造は独特で固有の美意識を感じさせますが、デリケートで扱いは比較的面倒です。

◇すべての起点は鑿研ぎから◇
木が堅くて思うように彫れない、と相談されることがあります。実はそういった方の大半は使っている鑿や刀をよく研いでいない場合が多いようです。買ってきたばかりの刃物は機械で研いでありよく切れますが、使っていればすぐに切れなくなります。刃物は基本的に「研ぎながら」使う道具です。作業の能率は、刃物の性能を十分に生かしているかどうかで大きく違います。彫りにくい、時間がかかる、といった問題は研ぐことに慣れることで大部分が解決するように思われます。また、技法書などを見ても、研ぎ方がよくわからず、切れなくなった刃物で無理をして怪我をしたり、あるいはやる気がなくなって挫折したり、といったこともあり、研ぎの方法を理解するかどうかは長続きするかどうかの大きなポイントです。ここでは、刃物の研ぎについて簡単に説明します。

◇磨くこと、研ぐこと◇
研ぐことは、磨くこと(凸凹な面をヤスリなどで削って平らでツルツルにすること)と原理的には同じです。ただ、磨く場合はその面が問題なのに対して、研ぐ場合は面と面との接点(刃先)が問題ということです。研ぐ場合はふつう砥石を使います。

まず、紙ヤスリで木材を磨く場合を例にとって磨きについて説明します。
使用する道具:紙ヤスリ(♯40、♯80、♯120、♯240)

【紙ヤスリで木材を磨く】
ラインの位置まで削り磨くものとします。図1
紙ヤスリには番数があり小さいほど粗い目です。同じ面を段階に分け繰り返しヤスリがけしていきます。木工の場合、♯240程度までヤスリがけし、ウレタン塗装などをするのが一般的です。図のような木材を平らにし磨く場合を考えてみます。

  ♯40の研磨剤の粒
図2
♯40で木の表面の凸凹を平らにし、形を整えます。表面には♯40のキズが残ります。


  ♯80の研磨剤の粒
図3
♯40のキズを♯80で、♯80のキズを♯120で、というように表面のキズを、より細かい番数の紙ヤスリで取りながら磨いていきます。


図4
同様に♯240で♯120のキズを取り、予定の番数まで磨くことができました。更に磨きたい場合は♯400、♯800とかけていきます。

このように段階を踏んで徐々に磨いていきます。これは研磨するときの原則で、木、金属、石なども同様の方法をとります。♯40~♯240の段階はあくまでも目安です。もっと細かく段階を踏めば、さらに丁寧な仕事、ということになります。ポイントは、♯40~♯80の面の形を整える段階と、♯120~♯240の表面を磨き仕上げる段階とがあるということです。

◇刃物の研ぎ◇
さて、少し横道に逸れてしまいましたが、続いて刃物の研ぎについて説明します。
刃物を研ぐ砥石には粗砥(あらと)、中砥(なかと)、仕上砥(しあげと)があります。中砥にはその粒子に応じて何段階かの番数がありますが、♯800~♯1200ぐらいを使えばよいと思います。前述の木材の例に倣えば、粗砥、中砥で形を整え、仕上砥で仕上げる、という感じです。注意することは、刃の表と裏はつくりが違うので研ぎ方が違うということです。特に裏は、通常仕上砥しかかけませんので気を付けましょう。まず、刃の裏の研ぎについて説明します。
◇刃の裏の研ぎ(平刀の場合)◇

【刃の裏をつくる】
図1
はまだ刃はつけられていない刃の原形とでもいうべき姿です。鋼鉄と軟鉄が張り合わせてあり、裏は僅かに丸く凹んでいます。これにまず裏をつくります。
裏出しと呼ばれる作業です。

図2
表の軟鉄部分を刃鎚でたたいて鋼鉄部分を押し出していきます。詳細はこちら

図3
裏に砥石などをかけ平らに仕上げます。
お店で見る刃の裏の姿です。
一度つくった裏はその後は仕上砥しかかけません。詳細はこちら

図4
使っているうち何度も研いで刃が短くなってきたら裏を作り直します。こうして刃の裏は常に刃金の新しい部分を使うことができます。

使っているうち何度も研いで刃が短くなってきたら裏を作り直します。こうして刃の裏は常に刃金の新しい部分を使うことができます。

◇刃の表の形と研ぎ◇
刃物の表は、大工さんの鑿などと違って、刃をハマグリのようなかたちに研ぎます。(図)
これは刃の耳が材料にあたって彫りにくくなるのを防ぐためです。ホームセンターなどで売っている刃物は表を平らに研いである場合が多いようです。買ったばかりの刃物はよく切れるのでこのままの形で研いでいけばよいと思いがちですが、本来鑿や刀は、まず刃の形を直してから使います。いっぺんに研ぎ直すのが大変だと思ったら研ぐごとに徐々にハマグリ状にしていけばよいと思います。

◇研ぐ時期と方法◇
使用する道具:砥石(荒砥・中砥・仕上砥)、乾いた布、バケツなど
準備:砥石を水に浸けておく(使用中は砥石の表面が乾かないよう常に水を補給)



1.荒砥をかける

刃が欠けてしまった時は、必ず研がなくてはなりません。そのまま使っていると、切れないだけでなく、別の欠けにつながることがあります。まず荒砥で表から欠けの部分がなくなるまでかけ、全体の形を整えます。表の研ぎ方には縦研ぎ(1-1)、横研ぎ(1-2)とありますが、やりやすい方でよいでしょう。

全体に荒砥がかかると刃には荒砥のキズが残ります。裏から刃先を触るとバリが出ているのがわかります。このバリを徐々に小さくしてなくすことが鋭い刃先をつくることになります。

表がかけ終わったら裏を仕上砥でかけ、バリを返しておきます。

丸刀、丸鑿の裏は、仕上砥を薄くスライスしたものでかけます。


2.中砥をかける

次に中砥をかけます。欠けていないが切れ味が悪い、という場合はここから始めればよいでしょう。荒砥をかけた場合はその形に倣い、または元の刃の形に倣って中砥をかけます。

全体に中砥がかかると刃には中砥のキズが残ります。バリも先ほどよりきめが細かくなりました。

表がかけ終わったら再び裏を仕上砥でかけ、バリを返しておきます。

丸刀、丸鑿の裏は、仕上げ砥を薄くスライスしたものでかけます。


3.仕上砥をかける

最後に仕上砥をかけます。表がかけ終わったら裏を仕上砥でかけます。仕上砥の作業は何度か繰り返します。全体に、もれなく仕上砥がかかったら研ぎは完了です。切れ味は、毛が剃れる程度が基準です。なお、仕上砥をかけている途中、それまで見えにくかった粗砥のキズがはっきりと見えてくる場合があります。その場合は中砥からかけ直しです。早めに決断しましょう。

◇どこから傷んでいくか◇
刃物が傷む、ということは錆びるということです。刃物は水分を嫌うにもかかわらず、水をつけて研がなければならないという矛盾を抱えています。また柄は木でできており湿気を帯びやすい素材です。このため刃は柄との接点が一番傷みやすいので、あらかじめ水対策をしておくと長持ちします。


【刃物の手入れについて】

1. 紙ヤスリをかけてクリアラッカーを塗っておく
2. 研ぎ始める前に、エポキシ系接着剤や防水用パテなどで木部への浸水を防いでおく
3. 使用後は機械用潤滑油などを塗っておく
4. 錆びたら紙ヤスリ(♯120程度)をかけてクリアラッカーを塗っておく
5. 柄から抜けそうな時は一度はずして柄を削り入れ直す


◇砥石の手入れ◇
買ったばかりの砥石は面が平らですが、使い始めるとすぐに凸凹してきます。砥石の管理は研ぐことと同様に大変重要です。砥石の面は、常に平らに保つよう心がけます。建築用の重量ブロックで平面を出しておきましょう。重量ブロックは目が粗いので砥石に傷が残ることがあります。高い番数の砥石は近い番数の砥石で面をさらい、傷を取っておきます。
また研ぐ際には常に面全体を使い、徐々に減っていくようにすると平面を出す労力が最低限で済みます。


◇刃物研ぎ機について◇
研ぎ機はとても便利な機械です。とは言え、まずは鑿研ぎの原理を理解して砥石を使って手で研げるようになってから使われることをお薦めします。機械の種類には、一本の横軸に砥石、布や皮のバフなどが付いて回転するもの、ドーナツ盤のような砥石、または紙ヤスリが水平に回転するもの、ベルトサンダー状のものなどがあります。使い勝手は多少異なりますが、原理的には砥石で研ぐことと同じです。また、水を使うものと、使わないものがありますが、使わないものは刃が熱くなりすぎないように傍らに水を用意して冷やしながら作業すると良いと思います。



第二章 材料について  

◇材料の種類について◇

使用する材料は、厳密に言えば何を彫るかによって材料を吟味しなければなりませんし、地域によって入手できる木の種類には偏りがあるために、特定の材料を薦めて良いかどうかは疑問です。ですから、ここでは私が経験上知っているごく一部の材料を紹介します。
仏像や仏像の修復に使われるのは主に檜です。きめが細かく狂いも出にくい美しい木ですが、刃物の良し悪しを選ぶ材料なので初心者にはお薦めできません。また白木で木目が淡泊なので、いわゆる木工芸には不向きです。高価な材料でもあります。
鎌倉彫に代表されるような木工芸には主に桂が使われます。比較的やわらかく木目もきれいな扱いやすい木です。画材コーナーがあるホームセンターなどであれば、彫刻用の材料として目にすることができます。これから木彫を始めるのであれば、最初は桂から彫ってみることをお薦めします。手頃な大きさの材料を自由に彫ってみて、それを普通の彫りやすさとして基準に考えればよいと思います。
その他、用材としては朴、楠、欅、桜、など(他にも多種)がありますが、同じ種類とされる木でも色や性質が違うものがあったり、同じ木でも乾燥の具合で全く性質が違いますので、一概には紹介できません。地域の事情で思わぬ適材があるかもしれません。またチークなどの南方材も試す価値があります。堅いから彫りにくいのかというとそうとも限らない場合もあり、とにかく木は生ものですので、彫ってみてちょうど良いものが見つかるのが一番ではあります。多少の失敗は勉強するつもりで柔軟に対応しましょう。

彫り易さの基準となるのは、冬目と夏目(年輪の色の濃い部分と薄い部分)の堅さにあまり差がないこと、適度な粘りがある(木の繊維に沿って剥がれるように割れない)こと、極端に堅くないことなどです。

◇材料の入手について◇

一般的な材料入手ルート

木彫をするにあたって、材料を確保するのはそれほど易しいことではありません。特に、A4版ぐらいの大きさで3cmの厚みの板、とか、ちょっと厚いレンガぐらいの大きさのかたまり、といった小さな材料はなかなか扱っている店はありません。画材コーナーがあるホームセンターなどで材料も扱っている場合がありますので、まずは確認してみてください。ただし扱っている材料は出物の端材で、サイズは指定できない場合が多いと思われます。また、彫刻用には四角く製材された材料が作業しやすいと思いますので、あわてて皮付きの材料に手を出さず、その木が白太(木の皮に近い部分)を彫れる木かどうか、角材や板を取るのに十分な量があるか確かめてから購入しましょう。
また、画材店などで、学校教材用の木材をカタログで注文できる場合があります。大きさは限られますが、相談してみる価値はあると思います。

その他、トレーや額縁などの加工品に彫刻を施したいという場合があります。おそらく木の種類は主に桂で、専用の機械による加工が必要な品物です。木材の在庫、特殊な加工を考えると木工芸の看板を出している店で特注すれば、入手が可能かも知れません。身近に木工芸の加工業者が見つからない場合は、その世界の本場へ(たとえば鎌倉彫なら鎌倉へ)行ってみて直接相談するのが結局近道のようです。

材木店からの材料購入 ─ 材料の入手は人間関係から ─

街の材木店が扱っている材木は、言うまでもなく建築用の材料が中心です。家一軒に使う木材の量を考えれば、材木店の普段の取引のスケールは容易に想像ができます。彫刻用の材料となる桂、朴、楠などといったいわゆる雑木は極めてマイナーな存在ですし、景気の悪さも手伝って品薄と聴いています。また市場では、木材は丸太一本とか、製材された材木ひと梱包など、まとまった量が取引の単位になりますから、店として客が希望する必要最小限の木材を単品で仕入れるというのは稀です。
材木店には一般の建築材の他に、銘木を扱うお店があります。建築材の中でも内装用の木材を中心に扱っており、雑木で木目のきれいなものはこちらが専門です。ただ銘木は、それ自体装飾性の高いプレミアが付いた材料ですので、品物は上等ですが、どうしても値段は高めです。

このように、街の材木店から彫刻用の材料を入手するのは正直なところかなり困難です。飛び込みで相談に行っても「扱っていません」の一言で終わってしまうケースもあるかと思います。まずは材木店側の立場をある程度理解した上で、相談にのってくれる材木店を探すことです。そのためには、具体的にどんな材料を使いたいか、どんなものをつくりたいかをきちんとまとめておくことが大切です。自分自身の制作を長い目で見て少し多めに注文したり、同じ趣味の仲間を見つけてまとめて注文したり、といった多少の心遣いがあると話がスムーズかも知れません。運が良ければそのお店で在庫しているかもしれませんし、寸法が出ていれば市場で出物を見つけて候補となる材料を見繕ってもらえる可能性もあります。お店に在庫がなければ1~2週間ぐらいはかかると思いますので、材料の入手には余裕を持って臨みましょう。

また、材木店の扱う木材は切りっぱなしが基本です。指定の寸法通りに鉋のかかった材料が希望であれば、別に費用がかかることになります。仕上げの工程は通常外注ですし、請け負わないお店もあります。まずは材料注文の際に相談してみましょう。

生木は彫れるのか

庭の木を切り倒すのだが彫刻に使えますか、といった質問を受けることがあります。生木はすぐに彫ることはできません。できない、というのは正確ではないかもしれませんが、試しに彫ってみればわかります。鑿を入れるごとに多量の水分が跳ね上がり、通常扱う材木とは全く別の素材です。素材というより生々しい植物、という感じで、彫った部分は当初びしょびしょに濡れています。しばらくすると表面は乾きますが、再びそこを彫ってみると一層中はまたびしょびしょ、というわけで彫りにくい上に、無計画に彫ると、木全体が使い物にならなくなることもあります。

こういった遠回りや無駄をしないための処置が寝かせる、という行為です。丸太でゆっくりと乾燥させる段階と、それを製材してから乾燥させる段階とがありますが、少なくとも半年程度の長期にわたって保管場所に一定の面積を占めますので、切り倒してしまう前に計画を立てておきましょう。地域で木材を扱う業者の方と、切る時期、現場から製材所、保管場所までの運搬、保管場所の条件の相談、全体にかかる費用など打ち合わせが必要です。生木は結構高くつきます。正直なところ、はっきりした目的がない場合は、切り倒した時点でなるべく業者に引き取ってもらった方が、結果的に木を有効に活用できるかもしれません。もちろん、生きていた木を切ってしまうのですから冷酷な処分も覚悟しなければなりません。

このように生木は積極的にお薦めできる材料とは言えません。それでもどうしても使いたい時ですが、まずは、割れを嫌って、芯で半割にするのが普通です。角材が必要なときはそこから取ります。板で使いたい場合はやや厚めに製材してもらいます。厚みの寸法に予定がない場合は1寸5分~2寸(4.5~6cm)ぐらいでよいでしょう。製材はプロの仕事ですから、よく相談しておまかせします。自分で動かせる大きさで保管することもお忘れなく。皮の周辺は虫が付くので皮はすべて剥いておきます。木口には水性の木工用接着剤を水で薄めたものを塗っておくと急激な乾燥を防ぐことができます。