趣味の木彫入門 ③

第四章 粗取りから部分の造作まで

粗取りから部分の造作までの工程はレリーフと丸彫りでは方法が大きく違いますので、各々について「小さな単位でトレーニング(1)・(2)」と題して、2つの演習により解説していきます。具体的な作品の内容はかなりシンプルで抽象形態を扱ったものですが、基礎的な題材として選びました。いずれ更新の機会もあるかと思います。

小さな単位でトレーニング(1) ─レリーフの粗取りから部分の造作まで─

この演習の工程は次の通りです。題材は花がいくつか集まった構成をイメージしましたが、具象的な作品として完成させるのが目的ではありません。


工程  作業の実際 
材料へのトレース(準備) 下絵を材料にトレースする
 ↓
 粗取り  輪郭を取って部分の高さ(厚み)を彫り分けます。
 ↓
 ↓
粗彫り
抽象的な面の構成として全体像が出るまで彫ります。
  ↓   ↓
部分の造作
細部の形を作ります。

使用する材料と寸法:朴材、150mm×150mm×30mm(厚み)
最低限必要な道具:刀(切り出し右・左、平刀、丸刀 サイズはすべて3分(9mm))で計4本(他に刃の幅の狭い彫刻刀などを準備)、作業台(各自手作りしてください。詳細はこちら)
あると便利な道具:鑿(平鑿、丸鑿 サイズは各6分(18mm))と木槌(頭の重さ300~400g程度)

(1)下絵からトレースまで
下図のように原画から下絵を起こし材料にトレースします。


【下絵からトレースまで】

これを原画として下絵を制作します。

下絵の完成

下絵は材料と同じ大きさにしておくと合わせるのが楽です。

材料に下絵をトレースします。材料の側面(4面とも)はどこまで彫り下げるかをあらかじめけがいておきます。

(2)粗取り

粗取りを刀だけで行うのは大変忍耐を要する仕事です。そのため刀を効率よく使うことがポイントになります(詳細)。
作業は、切り出しで下絵の輪郭を仕切り、丸刀・平刀で背景部分を一定の高さまで彫り進めることの繰り返しです。

【粗取り1】

図1
図のような材料で作業することとします。

図2
下絵に沿って、切り出しで仕切ります。

図3
輪郭の外から、同様に切り出しで薬研(やげん)状に彫ります。

図4
背景部分を丸刀、平刀で一定の高さまで落とします。

図5
さらに2~4を繰り返します。一度に彫る深さによって繰り返す回数は異なります。

図6
背景部分を最終的な高さまで落とします。(a)部分にキズが残りやすいので気を付けます。

粗取りの際、側面は垂直に仕切れるのが理想ですが、最初からだと内側にくい込んでしまう可能性があるので、徐々に垂直に彫り進めます。垂直を正確に彫るには切り出しを使います(詳細)。

【粗取り2】部分の高さを決める

一定の深さまで背景全体を落とします。

奥行き感を出すため、部分ごとに高さを変え水平に落とします。ここにもう一度下絵をトレースして形を整えます。

部分の高さを決める段階で、全体の構成はほぼ決まってしまいます。どの部分を主役として見せたいか、よく考えて高さを決めます。


(3)粗彫り

下絵の寸法がそのまま彫る寸法であった粗取りと違って、斜めに彫り込む粗彫りは寸法が曖昧になりがちです。
ひとつひとつの工程を大事に、全体を徐々に進めるようにします。


【粗彫り1】

楕円形の一番高い位置に、楕円の長軸(a)と平行の線(a)'を引きます。
側面に中心線を伸ばして(b)引いておきます。

(a)'から直角に傾斜をつけて彫ります。
矢印の方向のことを「面の方向」という場合があります。

新たに描いた楕円は傾斜した方向に寸法が長くなります。

【粗彫り2】

残りの部分を彫ります。矢印の方向にかるく面を取り、楕円のエッジを出します。

球面の回り込みの感じが出るよう、徐々に丸くしていきます(矢印)。部分によって回り込み方がゆっくりなのか、急なのかを良く見極めて、単調な回り込みにならないように注意します。

(4)部分の造作

部分の造作という言葉は、中づくり、小づくりといった粗彫りと仕上げの間の工程をひとまとめにした、この講座内で使用するものです。
粗彫りでつくった大きな面の構成を生かすようにして、部分のひとつひとつの形を彫っていきます。


【部分の造作1】

窪んだ部分を彫っていきます。お椀型がどちらを向いているように見せたいのかよく考えながら、粗彫りの面の構成を崩さないように注意します。(図のグリッドは曲面を説明しやすくするための補助線です。)

断面のイメージは図の通りです。凹面は単調な円弧にならないようにします。楕円形のエッジ(a)はあまり追いつめず、低い部分(b)の高さと位置を決める事を中心に作業してください。
背景との接点は垂直面のまま残して彫り込まずにおきます(c)。

【部分の断面のめやす】

下図は各部分の断面のイメージを示したものです。近くに見せたい形は凹凸を強めに、遠くに見せたい形は凹凸をなだらかに彫ります。

【部分の造作2】

全体の高さが出たら、残された垂直面(背景との接点)を彫り、形をつなげていきます。形が回り込んでいる部分なので彫ってしまうと修正がききませんので慎重に作業します。ポイントは実際の奥行きにこだわりすぎないことです。あくまでもレリーフですから、実際の奥行きに近づけようとすると当然矛盾が生じます。重要なのは「部分の造作1」であり、回り込みを彫る「部分の造作2」はプラスアルファ程度に考えるぐらいでちょうどいいでしょう。

椀型の縁の部分の輪郭は、きれいな楕円になるように高さをつなげてエッジを出していきます。あまり尖りすぎないように気を付けます。最終的な背景との接点(矢印)は彫り込みすぎて、取って付けたような感じにならないよう注意しましょう。

(5)まとめ



以上で「小さな単位でトレーニング(1)」は終了です。特に仕上げの工程は設けませんが、ここでつくった形をひな形として、花びらの図案をはめ込み、細部の描写をしてもおもしろいかも知れません。茎や葉などを背景にあしらっても良いでしょう。これは正しい手順とは言えませんが、形をとらえる意味では経験して良いことではないかと思います。もしかすると、はじめから花びらの下絵で始めるよりすっきりまとまった感じの作品になるかも知れません。


【粗彫りから部分の造作まで】

さて、粗彫りから部分の造作までを正面から通して見ると、粗彫りの面の構成の段階で、ほぼ全体の感じは決定されているのがわかります。具象的な下絵でも、その全体がどんな面の構成になるかをよく考えて作業すると良いでしょう。表面的な描写は僅かな凹凸に過ぎませんので最後に取っておきます。部分的な形が気になって、そこだけ作業が先行してしまうことがありますが、大きな組み立てができあがらないうちに全体の構成にも関わる部分まで彫り込んでしまうと、後々修正がきかない場合があります。まずは全体の組み立てをしっかりして土台づくりにウェイトを置きます。作業はメリハリをつけ、計画した工程をひとつひとつクリアしていく姿勢が肝心です。