趣味の木彫入門 ②

第二部 制作の実際

第一章 制作工程について

構想から完成までの工程は以下の通りです。詳しくはこの後の章で、具体的に説明していきます(粗取りから部分の造作まではレリーフと丸彫りに分けて)。なお、各工程の名称及び内容は、このページ内で説明しやすいように使用しているものですので、あらかじめご理解ください。


工程 レリーフ 丸彫り
1. 構想 作りたいもののイメージを考え、材料を準備する。 作りたいもののイメージを考え、材料を準備する。

2. スケッチ
全体の雰囲気や、部分的なスケッチを紙に描く。必要な資料を揃える。
全体の雰囲気や、部分的なスケッチを紙に描く。必要な資料を揃える。

3. 下絵づくり
 実際に彫るための実物大の絵を描く。  正面、背面、左右各面からの下絵を描く。
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4. 材料へのトレース 下絵を材料にトレースする。 下絵を材料にトレースする。
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5. 粗取り 部分ごとに高さ(厚み)を彫り分ける。 鋸を入れて大まかに取る。下絵の輪郭に従って面を整える。
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6. 粗彫り およその全体像が出るまで彫る。 およその全体像が出るまで彫る。
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7. 部分の造作 細かい部分をつくる。 細かい部分をつくる。
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8. 仕上げ 表面の仕上げをする。 表面の仕上げをする。
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9. 塗装~完成 木地を生かして塗装する。 木地を生かして塗装する。

 



第二章 構想から下絵づくりまで  

道具、材料が揃ったところで、次に必要となるのは下絵です。ここでの下絵とは、最終的な彫刻の輪郭を取るために描かれた絵ということです。木彫を始めたばかりだと、この下絵を用意するのが大変で、指導を受ける際には、指導者側で用意した下絵を元に彫るのを望まれる方が多いようです。この章ではオリジナルのデザインで作品を制作することを前提に、構想、スケッチから下絵づくりまでを解説します。

◇構想とスケッチ◇
作品をつくる上で、「どのようにつくるか」ということ以上に「何をつくるか」はとても重要なことです。また、構想及びスケッチは、自分の好きなアイデアや図案を本や写真から選び出す作業ではなく、実際のモチーフをスケッチして資料づくりをすることが理想です。何もないところから構想を練り、徐々に形にするのですから、なかなか一朝一夕に片づく仕事ではありません。一般に下絵がむずかしいと言われるのは、結果を急ぎすぎることが原因となっているのではないでしょうか。もやもやとした混沌からものが生まれるのはごく自然なことであり、じっくりと取り組んでほしいと思います。

とは言え、木彫を始めたばかりの方からすれば、技術的に可能な範囲が漠然としていて何をしたらよいかわからないという場合もあるかと思います。最初は技法書などに添付された実物大の下絵を利用して、手を動かしながら試行錯誤を続けるというのも良いでしょう。技術的な可能性は構想のヒントになり得ると思いますし、完成から工程を逆に振り返って次の構想に至るのもひとつの方法でしょう。制作とは別に、日頃から美術作品に親しむことも何かのヒントになると思います。

◇下絵の必要性◇
下絵は立体である彫刻を作るための平面的な手がかりとなるものです。「絵」と名は付いていますが実寸大の図面(正投影図)と考えたほうが正確です。レリーフ(浮き彫り彫刻)の場合には正面からの下絵が1枚、丸彫りの場合は正面、背面、左右各面からの下絵4枚が必要になります。レリーフの下絵が1枚なのは、側面からの下絵を省略するということです。次の、トレース、粗取りの工程を考えると、細かい立体的な陰影の描写はかえって邪魔になるので輪郭線だけで描くと良いでしょう。

構想からスケッチの段階では、レリーフの場合には絵画的な構成力やセンスが、丸彫りの場合には三次元で形を考える力が必要となります。各々の場合について制作のヒントを述べたいと思います。

◇レリーフの場合◇

(1) 最初は「空間」より「もの」を
制作する内容は、風景などの「空間」ではなく花や人物といった「もの」を対象としたほうがよいでしょう。レリーフの表現は奥行き感を出すのがむずかしいので、たとえば、遠くまで広がる湖面とか、彼方に連なる山々、など広い空間を表現することには不向きです。まずは作る対象を絞って、ひとつひとつの形がつくりやすい構成を考えます。

(2) 基本はコラージュ
構成を詰めていく段階で、真っ白い紙にゼロから全体を描くのは、それだけで大変な作業です。断片的なスケッチや写真をトレースしたものなどをコピーし切り抜いて、一枚の紙に貼り付けていくと比較的簡単に全体を構成することができます。


【下絵制作のヒント】

図1 原稿をつくる
スケッチの断片、写真からトレースしたものなどをコピーし、切り抜いておきます。原稿は使いたいもの以外にも少し多めに用意しておくと思わぬ脇役として利用できる場合があります。

図2 コラージュ
材料と同じ縦横比の紙に「1」の原稿をバランスを見ながら並べていきます。必要に応じて拡大、縮小コピーし原稿を差し替えます。位置が決まったらセロハンテープなどで貼り付けます。

図3 仕上げる
全体をコピーし、必要な部分を描き足してできあがります。


◇丸彫りの場合◇
奥行き感を出さなければならないレリーフと、リアルな奥行きを彫っていく丸彫りとでは、形のとらえ方に違いがあります。下絵は最低、正面、背面、左右両側面からのものが必要で、各面どうしの関係は厳密なものとなります。なお、丸彫りをする方には、すでに板材のレリーフで、ある程度木彫の経験があるということを前提として説明していきますのでご了承ください。

(1) エスキース(模型)をつくるのが結局近道
下絵づくりには、粘土(油土が適当)でエスキース(模型)をつくることを強くお薦めします。エスキースができたらそれを各面から写真に撮り、トレースして下絵に描き起こすという手順です。エスキースをつくることは遠回りに思われるかも知れませんが、下絵づくりに役立つ以上に彫っている途中でそれを手本に制作できますので、何かと便利です。また、粘土でつくることができる形は、刃物さえとどけば、たいていの場合彫ってもつくることができます。粘土でつくることができない形は彫ってもつくることができない可能性は大きいと考えられます。
大きさは実物大でも縮小してもかまいませんが、あらかじめ材料の高さ、幅、奥行きの長さを測り、各辺の寸法の比率を出しておき、本体が材料内に収まるように注意します。材料と同じ比率の粘土の固まりをつくり、そこから彫りだしていくのもひとつの方法です。材料の寸法を測るときは、下から5cm程度は台座として残し、残りを本体として考えます。

(2) 写真を大いに活用
エスキースができたら、写真に撮ります。また、比較的リアルな感じの人体像を造りたい場合であればモデルとなる人物の写真を撮るのもひとつの方法です。写真を撮るときの注意は以下の通りです。

・なるべくアップで撮る
・カメラは三脚などで固定し、対象のセンターを水平に狙う
・正面、背面、左右両側面は必ず撮る。斜めの方向からも撮っておくと良い。
・ズーム機能が付いているカメラであれば、なるべく対象から離れ、ズームインして撮る
・フラッシュは使わない

(3) 写真をトレース、下絵づくり
写真ができたら、それを元に下絵をつくります。写真は単眼で撮った画像ですから、正投影図である下絵にするためには若干の修正が必要になります。正面、背面、左右両側面をよく見比べて修正してください。

【写真の形を修正】

図1 写真のままトレースした場合
奥行きによって大きさがかなり変わります。周辺にいくに従って歪みが大きくなります。

図2 下絵にするため修正 
部分の位置関係を合わせ形を修正します。必要に応じてモチーフの実寸を測り比率を確認します。

下絵づくりの作業は、つくる作業ではありませんが、つくるための立体的な思考のトレーニングともなります。ぜひ実践していただきたいと思います。

第三章 材料へのトレース

下絵ができたら、いよいよ材料を加工する段階となりますが、これから常に意識してほしいのは、下絵でこだわった厳格さを最後まで維持する、ということです。今後の作業にはどうしても誤差が付き物ですので、意志をしっかり持っていないと最初と全く違った結果になる可能性があります。

◇材料へトレースをする際の注意◇
トレースは下絵と材料の間にカーボン紙を挟んで行います。正確にトレースできるように工夫します。

(1)レリーフの場合
・下絵とカーボン紙は粘着テープなどで板面にしっかりと固定する
・板面と下絵との接点に割り印のように目印をしておくと再び下絵を固定するときに便利

(2)丸彫りの場合
・正面と背面、左右両側面どうしが正確に表裏になるように注意する。
・材料と下絵にそれぞれを照合できるよう基準線を引いておくと合わせやすい。

下絵はトレース用に使うものと、その後の制作用にパーツごとに切り抜いたものを用意しておくと便利です。